昭和42年06月04日  朝の御理解



 小倉の初代桂先生が、始めて教祖の神様にまみえられたのは、その時、頂かれた御理解が「お水の御恩徳」ということであった。水の御恩徳ということについ、御教えを頂いておられる。そのお水がなからなけれ、人間は生きて行かれない。一粒の米で、どれほどのお水で固めてあるか。も、一切、水によ、水の御恩恵を受けんわけにはいけん、と言うてその水の御恩徳を頂かれたと。
 生涯お水を大変大事にされ、その大事にされるそのお水によって、命が助かりお水によってまた人が助かると言う様な、おかげをこうむられたのでございます。あまりにもふんだんにおかげを受けておりますから、中々それが実感として水の御恩徳と言う事が分からない。それはちょうど神様の御恩徳と言うのと同じこと。あまりにも大きな働きをしておって下さるのですから。
 私共が愈々その気にならないと神様が神様と分からない。それは丁度神様と言うのはお水のようなもので、神様無しには私共は一時だって生きる事ができない。お水がなからなければ私共は生活する事ができない。そう言う所が分からして貰う、信心とは私はもうその「神様無しには生きられん」と言う所が分かる事だと思うですね。「いいや水は一時どんなかったっちゃよか。
 なら神様のおかげ頂かんなら頂かんでよか」と言う様な事は出来んのです。ね。無色透明何もいうなら変哲もないその、お水のおかげで私どもが生きておる。それを酒の好きな人に酒を、酒に、酒でもってするとそれを大変喜ぶ。のどが乾いておる時に冷たいサイダーを与えると美味しいと思う。お茶の好きな人にはそれがお茶になって、(するとその?)お茶を味わう(ということです。?)お茶の味を味わうと。
 けれども何ち言うたところでです、やはり水が元なんだ。ですから酒の味が分かる前にお茶の味わいが分かる前に、ま、どうしても一つその水の御恩徳を知ってからの、お茶であり酒でありでなからなきゃならん。信心とはそういういうならまあいうならば、変哲もないと言うかどうもあまりにも大きな、そうした神様の働きと言うかお恵みと言うものを分かるということに、焦点を置くと。
 昨日、昨夜でしたか。夜の御祈念に、久留米の清司さん達が夫婦でお参りをして来た。それでもう、親子の四人連れで参って来た。それでなかなか皆さんご承知のように、信心もたいへん深いし、ちょうど、42歳になるんですね。いわゆる、普通で言う厄年なんです。ですから、どうでも一つ、世間で言う厄年が、悪い年にならないように、と言うのでございましょうね、お神酒どん持ってから、お願いに参っておりました。
 ほんで又御祈念が済んでから、しばらくあちらで、お茶でも頂いて、話させて頂いておると中々、あぁほんとに清司さんならではと思う様な、そのところを通っておるですね。こんな事言ってましたね。あのう弟の嫁さんが、矢部の方ですかね、ちょっと田舎の方から来とりますもん、それがあちら、やっぱちょっとした財産家で、まあいうならまあ、威張ってるわけですね。
 あちらのお父さんでもお母さんでも、何とはなしにこうもう向こうが物言わんなら、こちらも物言わんと言った様な感じの確かに人ですね。私もよく知っとりますけれど。ですから例えば今あのお兄さん達夫婦、近所に別れとります。ほんで何時もそのまあ弟の嫁さんなら弟の嫁さんからでも、こちらが言うた事あんまりよう聞かんのですね、見下げられた様な時がよくあると言うわけなんです。
 もうこの頃弟との城之助さんち言います。いろんなこと仕事の事でもこちらから言うと喧嘩になるから、もう何も言わん事にしておりますと。嫁さん陽子さんと言いますが、陽子さん達にでもどうこうと言うと、腹かくからもう言わん事にしとります。ほいでもうあの人が機嫌が悪い時には、私はあの例えて言うなら郷の方ですね。その陽子さんの郷の方にですね、色々お手伝い行ったりなんかするそうです。
 そうすると陽子さんの方から物言いに来るち言うわけですね。そりゃそうですね。あのまあ言うなら兄弟同士あんまり仲良くなかってもね、ちょっと気まずい事があったのです。その子供なら子供を可愛がって貰いよると、そこからほぐれて来るもんですよね。で清司さんはまあいっちょ、その子供を可愛がりよるから、向こうの里のお父さんやらお母さんを大事にすると言う訳ですね。喜ばれる様に。
 すと自分の気持ちが分かるというわけ。そこんにきゃ中々ほんとにあの清司さんならではと思うのですね。この前からもどうもその物も言わんそうです。けれどもそこんにきゃ、今日その清司さんの流儀で行くと、なんとも(思って?)ないというわけなんですけれど。もう取り上げが始まったから、取り上げ一日加勢に行った。そしたらもうこんだ弟の嫁の陽子さんですね。兄さんご迷惑かけました。
 とかなんとか言うて向こうから物言うて来るというわけなんです。普通で出来ん事ですね。自分の嫁ごん里ならですね、弟の嫁ごの里にその加勢にでん行こうと言う訳なんです。そこんにきがそのそういう一つの手を心得ておるですね。またあの今お母さんが今あの、八幡の方へ娘のとこへ行っとります。それでもうとにかくまあ薫が、薫と言うのがお嫁さんですが、薫が一人でなんでも大変なんです。
 それでお客さんがあったり致しますと、綺麗に片付けてある時もありゃ片付けをせんなおる時もある。いっぱい散らかしてある時もある。けどもそういう時にお客さんにその、綺麗な時は綺麗な時いわば散らかっておる時には、散らかっておる時なりにですね、以前はその散らかっておる時には、お客さんが来合わせたら「お前は片付けとかんか」と言うて、やかまし言うたけれどもこの頃それを言わんで済むようになった。
 そしたら散らかっておる時なら散らかっておる時なりにです、またそのお客さんとの親しみも出来て気が張らん事です、と言う事を言うんですね。確かにそうだとこう思う。広ければ広く狭ければ狭く水の流れに、不平もあらずと言う気持ちなんです。ね。広ければ広く狭ければ狭くもう水は広いなら広い、狭いなら狭いなりに何の不平不足もなくに、やはりそこを流れて行く、通ると言う意味なのです。
 そういう気持ちになる事は、大変有り難い事だと思うんですね。一つの達観しなければ出来る事じゃないですね。そう言う様な事でもですね、根本的な所はですやはりあの、神様のおかげを信じており、神様が分かっておるからそれが出来るのですよ。けれどもここに私は一つ分からせて頂かなきゃならない事はですね、例えばそのお客さんがあるという事が分かっておるならですね、やはりお掃除もしとかなければならない、部屋には花の一つも入れておかなければならない。
 庭も掃除ぐらいしとかなきゃいかん、もう来る前見える前には庭に打ち水の一つぐらいしとかなければおられない、と言う様なことはです分かって行くことも、また信心だと思うですね。それでいてですそれでいて、清司さんの言われる「水の流れの様に不足もない。広ければ広い、狭ければ狭いと言う気持ち。天地の親神様の御恩徳と言うのは、ちょうど水のようなもの。
 水がなければ生活できない様に、神様のおかげを頂かなければ、立ち行く事ではない、と言う事が分かって、ね、私共の努める所は努める。精進さしてもらう所は精進さして頂いて、私は本当の人間らしい生き方が頂けるのじゃなかろうかというふうに思います。ほんとの意味で水の御恩徳を分からしてもらう。と言う事は神様の御恩徳を分からして頂く、と言う事も同じ事。途中ではやはりあの酒の味わいお茶の味わい。
 様々に水の御恩徳を受けておらん物なりが、特にそうした水気物の場合です、やはりサイダーが良い時もありゃ酒が良い時もある。お客さんが見えたのに、これはもう最高のものだとしてですたいね、神様の御恩徳の現れとしてです、お水を缶ビンに出すわけにはいけないでしょうが。お客さんが見えた時にです、ね、コップに水一杯出してそれで済ます訳にはいけないでしょうが。
 やっぱりお茶を入れたり又は、お酒をお燗にして出したりそれにはまた、おつまみのひとつも出したり。そこんところを私はよく分からにゃいかんのですけれども、ね、そこん所だけが出来て水の御恩徳が分からない、神様の御恩徳が分からない所に、互い違いになったりおかげの受けられない元が生まれて来るのです。ね。神様の御恩徳を分からしてもらい、水の御恩徳を分からしてもらい。
 そして例えば成程もうお掃除をしていない所に、お客さんを迎える事もです、そこが平気でおれるとろくそにしておって、それを平気でおれれると言う事は、これはどうかとこう思う。お掃除をしやせなかったと言うなら、また別なんだけれど。ね。ましてなら今日はお客さんがあるという時には、他の事を置いてもやはりそれを為す事が、信心なのである。今日はそう言う様な事を皆さん、色々練ってご覧になさいませ。
 まず一つ水の御恩徳を分からして頂く為に、あのお水の味わいを本当に分からしてもろうて、そして先にお茶の味わいを分からしてもらう、おかげを頂きたい。ややもすると私共が水の御恩徳(のが、?)ほんとに分かっておらん証拠に、水一杯で済まそうとする。ね。それではおかげにならんのです。やはりそれがある人にはお酒になり、ある人にはお茶にならして頂いて始めて、おかげ頂かれるのですよね。
   どうぞ。